InstagramのDM機能がもたらした効率的で配慮的で受動的なコミュニケーションについて

同世代の私的なコミュニケーションの場が「LINE」から「InstagramとそのDM機能」へ移り変わっていることを肌で感じている。

同世代の仲間たちと私的でコンサマトリーな雑談を楽しむのはもっぱら「InstagramのDM機能」で、かつて最も気軽でカジュアルなコミュニケーション空間であった「LINE」は大人や組織と交流するためのフォーマルな場、あるいは家族や恋人といったとても親しい間柄と連絡を取り合うための場になっている。実際僕も大学で知り合った人とコミュニケーションをとるのは「InstagramのDM機能」ばかりだ(そもそも初対面同士で交換するのはLINEではなくInstagramのアカウントだ)。

「LINE」を利用したコミュニケーションから「InstagramのDM機能」を用いたコミュニケーションになったことで、その性質やコード、マナーも変化しているように感じている。それに対する現時点での僕の印象を書き残しておきたい。

「ストーリーズ」を主軸とした効率的なコミュニケーション

投稿後24時間で消える「ストーリーズ」は、Instagramで最も気軽に利用されている機能のひとつだ。丸1日経過すれば基本的に見られないという性質はユーザーの投稿へのハードルを下げ、友人や恋人と行った場所や遊んでいる様子、その日の食事、購入した商品などプライベートを次々にさらけ出すことができる。さらにSpotifyNetflixは「ストーリーズ」と連動して音楽や映像作品のジャケットをシェアする機能を有しており、趣味の音楽や観た映画なども手軽に投稿することができる。もちろんユーザーの投稿頻度に左右されるものの、アカウントを所有する個人のパーソナリティや趣味が簡単に理解できることがよくある。

「ストーリーズ」の閲覧者はわずかな動作で容易に投稿へリアクションすることができる。スワイプして送りたいスタンプのメニューを開き、タップしてスタンプを送信する。ワンスワイプ・ワンタップというたったのたったのツー・ステップ(それは数秒で完結する)で相手に反応することができるのだ。そのリアクションはDM機能で展開され、相手とコミュニケーションをとりたい受信者はそのままメッセージをやりとりするし、そうでなければ当たり障りのないスタンプをひとつ送信して対応する。

ここで繰り広げられるコミュニケーションは「ストーリーズ」とそのリアクションを主軸とする。閲覧者はコミュニケーションをとりたい・とれる投稿をしているユーザーを吟味して反応する。リアクションの受け手も同様に相手を吟味して反応を選択できる(会話を進めるか、スタンプで華麗に回避するか)。「ストーリーズ」として投稿されたコンテンツから出発するこのコミュニケーションは、基本的に会話の内容に困ることはない。このあらかじめコンテンツが準備されている状況は「LINE」によるコミュニケーションよりも圧倒的に効率的でスムーズだ。ユーザーがコミュニケーション(が誘発されうる)空間を「ストーリーズ」として提供し、それに興味のある者だけが任意のタイミングで(24時間以内という制約があるにせよ)反応することは、極限までシームレスでより効率的なコミュニケーションを達成する。

多様なリアクション機能による洗練されたシカト

メッセージのやりとりを終わらせる・終わらせたいときにスタンプを送るというありがたい振る舞いは、恐らく「LINE」が生みの親だ。この仕草を「InstagramのDM機能」はさらに洗練させることに成功している。

InstagramのDM機能」では「GIPHY」と呼ばれるアニメーションとGIFを提供しており、「LINEスタンプ」的に使用することができる。それだけではなく各メッセージボックスに対して絵文字を送ることができ、そのうえ赤色のハートマークはボックスをダブルタップするだけで送れるのだ。いちDM機能にここまで多様な非言語コミュニケーションの手段が用意されていることはとても興味深い。ユーザーはこれらのリアクション機能を巧みに使い分け、相手に配慮したやさしいシカトをする。あるメッセージに対してダブルタップでかわすこともできれば、クスっと笑えるGIFを送信してやり取りを済ますことができる。

先にInstagramにおけるコミュニケーション開始の障壁の低さについて触れたが、「InstagramのDM機能」では始まったコミュニケーションを終了することも容易な環境にしている。それは単にシカトするのではなく、相手を思いやったやさしさに溢れるスマートで洗練されたシカトで、コミュニケーション終了の意思表示ができるという意味だ。きわめて円滑で、配慮に満ちている。

「親しい友達」機能を使った受動的な誘い

「ストーリーズ」では極限まで受動的な”お誘い”が横行している。「明日フリーです!誰か暇な人遊びませんか?」「来週末午後から○○を観に行きませんか?」「いまから帰省します~(誰か会いましょう)」などなど。直接メッセージを送って誘うのではなく、あくまで閲覧者のリアクションに依存するかたちで"誘って"いる。とても奇妙だが、多くのユーザーがこの形式を活用しており、実際それは配慮に満ちている(そして誰から返事がなくても、それを知るのは自分だけだし、そもそも断られたことにならない)。

先日面白い体験をした。高校時代の後輩のサブアカウントからフォローされ、それが数名しかフォローしていない小規模のアカウントであったため、「早期に僕なんかをフォローしてくれてありがとう」というメッセージを送った。数年ぶりの連絡である。話を聞いてみると、実は彼は以前から僕に関心があったらしく、時間があればぜひ会いたいと告げられた。ちょうど帰省していた時期だったので、もしかしたら会えるかもしれないし春休みには長期間帰省するからより会えるかもしれない、と説明するとすぐに、彼は「親しい友達」(ストーリーズの公開範囲を限定する機能)で、「明日○○の映画を観に行きたいのですが誰か行きませんか」という投稿をしていたのだ。十数人しかフォローしていないアカウントであるにもかかわらず。明らかにそのメッセージは僕に向けられていたし、彼は僕を誘おうとしていた。恐らく「親しい友達」に指定されていたのは僕だけだったのではないかと思う(閲覧後なにもリアクションをしなかったら、数分後その「ストーリーズ」は削除されていた)

このような「親しい友達」を用いた受動的な誘いは滅多に見ない(理由は察してください)が、それなりの頻度で活用されているものな気がしている。少なくとも僕の周りにいるInstagramユーザーならやりかねない。とても奇妙なコミュニケーションだ。


結局後輩と翌日遊ぶことはなかったが、また日を改めて彼と会いたいと考えている。