誠養軒という中華料理屋について

北野天満宮を南下して一条通りに入ると、誠養軒という中華料理屋がある。京都市に住みはじめて3年弱が経つが、この街で何度も訪れる料理屋は誠養軒だけだ。大袈裟に喩えているわけではなく、通っていると言えるのは誠養軒しかない。

週末の昼下がり腹が減ったとき、もしその日が快晴であるとするならば、頭をよぎるのは誠養軒の赤いのれんだ。日々の生活の中で無性に食べたくなるというわけではなく、晴れた週末の昼過ぎに突如、誠養軒へ行くことが最も素晴らしいことのように思えてくるのである。そうなれば、焼餃子や炒飯を求めて、赤い提灯を目指して歩きはじめるほかない。

誠養軒の店頭

赤い提灯が目に入ると、空き席があることを祈りはじめる。誠養軒のキャパシティは、4人掛けのテーブルがふたつとカウンターが2席。マスターがひとりで切り盛りするお店なので、あっという間に埋まってしまう。運悪く満席のタイミングで入店すると、マスターから「いま、いっぱいなんで」と追い出される。そんなときは店先の花壇に腰かけて、持参した文庫本を猫背になって読みながら気長に待ちましょう。大抵の場合、すでに食べ終わっていた客がすみやかに退店してくれます。

引き戸をカラカラと空けると、店内の狭さと汚さに驚く。こぢんまりとした薄汚れた飲食店について「そういうのでいいんだよ」といった言葉で評価するムーブメントが散見されるが、そうした運動に参加している方々は、その言葉を口走る前にほかにもっと適切な表現がないか考える時間を設けたほうがいい。誠養軒の、とりわけ調理場はずば抜けて汚いが、いずれにせよその汚れは誠養軒の本質的な価値とはほとんど関係がない。

席に座るとマスターに「何にしましょう」と注文を尋ねられる。オーダーをしてマスターが調理に取り掛かると、店の奥に設置されている給水器から水を汲んで席に戻り、彼の手際を眺めながら、ギトギトになった黒のラジオから流れる FM COCOLO に耳を傾ける。

品書きには「毎日やる気がなくなり次第、帰ります」と記載されている

初めて訪ねたのは、2022年の春ごろだった。大学のゼミの課題に追われていた週末の昼下がり、気晴らしにぶらぶらと出かけた先が誠養軒だった。焼餃子と炒飯を注文した。マスターに「学生か?」と尋ねられたので、そのとき学んでいたことについていくつか話した。

「酒もやらんし、女遊びもしない」がマスターの口癖で、常連の客と同じようなことを話しているのを何度も目撃している。中身がほとんどないねりからしについて言及されたときには「客が一生懸命からしを出そうとするのを見るのがおもしろい」とけらけらしていた。さっき710円の炒飯を食べて千円札を払ったら「釣りはいらんよ、って言うのもありやけどな」と言われたので、きちんと釣りをせびって、次回チャレンジしますと答えた。茶目っ気のある店主の人柄が、誠養軒の中核を成している。


炒飯と焼餃子(2022.05.05)

たしかこれは2度目の来店のときに撮った写真で、初回と同じく炒飯と焼餃子を注文している。くたっとしている餃子は、箸で持ち上げると崩れて餡がこぼれることがしばしばある。炒飯には火が通り過ぎていない玉ねぎが入っていてたまにサクサクする。

白梅麺(2022.06.19)

かなり酸っぱい梅肉ソースがたっぷり使われている。豚肉のあまい脂を際立たせていた。

中華そば(2022.09.11)

もちもちした自家製の麺が使われている。焼き豚を注文されているのをよく耳にするんだけど、まだ食べられていないので今度食べようと、このチャーシューをみて思った。

焼きそば(2022.09.24)

あっさりしている焼きそば。このとき初めて焼餃子ではなく水餃子を注文した。

水餃子(2022.09.24)

これがその水餃子。焼餃子よりすこしだけ安価。

中華飯(2022.10.08)

恋人が遊びに来たとき、誠養軒という中華料理屋へ行きませんかと誘って連れて行った。この日はあまりお腹が空いていなかったのに、調子に乗ってたくさん注文したせいで、かなり苦しい食事になったことを覚えている。

唐揚げ(2022.10.08)

おそらく胸肉が使われていて脂がしつこくない。サクッと食べられる(が、この日はとてもしんどい思いをして食べ切った)。

味噌ラーメン(2022.10.23)

にんじんがデカくて、そのうえかなり歯ごたえがあった。味噌汁みたいな味噌ラーメンだった。

焼餃子(2人前)と白飯(2022.11.02)

誠養軒の焼餃子はほんとうにおいしくて、行くたびに注文している。この日は餃子を食べたすぎて、2人前をオーダーした。白飯はべちゃっとしていて、炊かれてかなり時間が経っていそうな様子だった。焼餃子を食べることができたらもうなんでもいい。誠養軒の焼餃子はそう思わせる。

炒飯(2022.11.27)

今日の昼も気持ちのよい天気で、つまり誠養軒へ行きたくなるような天気だった。炒飯を食べるための足取りをした。炒飯を頼むと中華スープがついてくる。炒飯を食べ終えてから、スープにお酢を少量加えて飲むとすっきりして気持ちがいい。

僕の次に来店した客(たしか常連で、来るたびに見かける)も炒飯を注文していた。オーダーを聞いたマスターが「今日は朝から焼き飯ばっかや。焼き飯の日やなぁ」とニカニカしながら調理に移っていった。


誠養軒の店頭

晴れた週末の昼、誠養軒へ行くほかないと感じたのなら、赤い提灯とのれんめがけて歩いてゆくとよいでしょう。俺はそうしてます。