会話は重ね塗り/BC, NRを実践するには

いつも買っているのより高価な食パンを入念に焼き上げて朝食とした。かじると、その空気をふくんだ生地の軽やかな食感がわかって、同時に価格の差もわかった。おれは上等な食品の味の違いがわかる。普段は業務スーパーで売っている「朝の輝き」と名付けられた食パンを買っていて、今朝食べたのは山崎製パンの「超芳醇」という製品。昨日ドラッグストアで半額で売られていた。すでに消費期限が切れている。これを書くと日記の時系列に記述する原則に背くことになるけど、明日の朝が待ちきれなくて昼食もトーストにした。

昼前にゼミの指導教員の研究室を訪ねた。進学にあたり、春休みの間、指導教員に英語の文献を精読する講義を開いてもらっている。カレンダーを確認したらこれで8回目になるらしい。わざわざ時間を割いて付き合ってもらってほんとうにありがたい。基礎的な文法や単語が理解できていないので、ていねいに予習しているつもりだが、全然足りていなくて、かなりゆっくりとしたペースで精読をしている。今回読んだ個所では Michael Bratman による共同行為の分析がいかに own-action principle に違反していないかということと、それでもなお人間の共同行為の根源の説明はできない、みたいなことが書かれていた。むずかしいすね。

講義の半分くらいは文献とは関係ない(あることもある)雑談で占められていて、つまりめっちゃおしゃべりしてる。週に1度のペースで雑談していると、以前にも聞いたような内容の話が頻出する。でもそれは会話だから一語一句同じというわけではない。異なる言葉や別の角度から同じようなことが話されている。漠然として・とりとめのない会話では、同じようなことが何度も語られることで、水彩絵具を塗り重ねるとそれが濃くなるように、徐々にこちらの腹にも落ちてくるような気がする。友だちと話すときもそう。あなたと話すときも。私もあなたも決してシングル・サーヴィングのコンテンツじゃない。これってたまに忘れることあるから気をつけよう。

12時に終わる予定だった講義は、15時を回るころに閉じられた。帰宅して、消費期限の切れた非常食のアルファ米と消費期限の切れたトーストを食べた。下宿先にあるすべてのタオルと枕カバーを洗濯して、コインランドリーへ向かった、ふわふわにするために。このあいだ友だちと落ち合った、近所の交差点に植えられた桜がもりもり咲いていたので、恋人にそのことを告げて、彼女と花を見ることについて考えた。濡れたタオルが乾かされている間、津野海太郎『編集の提案』を読み進めた。

先週の金曜日に配信が始まった Black Country, New Road の『Live at Bush Hall』をひっきりなしに聴いている。彼らの作品を聴くと、BC, NR の提案する共同体のアイデア(ヒロイックな意思決定主体が存在しない・流動的で開放的な組織)を自分も体現したいという気持ちになる。なにより楽しそうだ。彼らへのインタビュー記事ではいいことが書かれている。この BC, NR というグループで実践されているいくつかのアイデアを自分の人生にも取り入れることができるように試していきたい。

タイラー:それは意外と簡単なんだよね。というのも、意見はたくさんあっても、全員一致で賛成する意見は少ないから。私たちは曲を作る上で、全員が「イエス」というアイデアしか採用しない。反対の人がいたら、その人を説得するか他の解決策を見つける必要がある。もしくは逆に反対の人が賛成のメンバーを説得するか。選択肢がたくさんあっても、皆がオープンになって積極的に意見を言い合えば、採用されるものは時間をかけずに自然と見えてくるんだ。私たちは親友同士でお互いをすごく信用しているから、全員がその過程に関わってる。特に誰が主導権を握っているみたいなことはなくて、全員が平等にね。

Black Country, New Roadが語る「脱退」とその先の人生、若者が大人になること | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)

タイラー:グループとは別の部分で情熱を持つことって、すごく大切だと思う。いつも同じ友達の輪の中にいるだけじゃなくて、それ以外の友達とも関わるのが大事なのと同じように、BCNR以外の世界を見ることもやっぱり大事だよね。それがバンドにとっても新しいインスピレーションになる。私たちの人生そのものはBCNRよりもずっとスケールが大きい。だから、人生全体を見ながら、その一部としてバンド活動をする、というのも重要だと思う。

Black Country, New Roadが語る「脱退」とその先の人生、若者が大人になること | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)

語るべきストーリーのあるバンドは多くの人から愛される。我々ファンや音楽ライターは往々にして悲劇やそれを乗り越えるバンドのストーリーを勝手に作りあげてしまうが、そんなことは彼らには関係なく、「ミュージシャンとしては、1日を大切に生きてその瞬間を楽しむということが大事だと思うんだ」と言う彼らの素直に音楽を楽しむ姿勢は、そんなストーリーよりも貴重で素晴らしいと思う。

interview with Black Country, New Road 脱退劇から一年、新生BCNRのドキュメント  | ブラック・カントリー・ニュー・ロード | ele-king

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『Live at Bush Hall』に収録されている「Up Song」には「Look at what we did together, BC, NR friends forever」ってけっこうすごい詞がある。彼らのグループとしての文脈を考慮しても・しなくても、ここまで思い切ることがときに欠かせないことになると思わされる。インタービュー記事でも、あえてやってみたのがハマったことが語られていた。いい話。

カーショウ:「BC,NR friends forever」っていうのもはじめはジョークだったんだよね。最初にやる曲としてちょっと面白いかなって。

ウェイン:結構こういうのってあるんだよね。ジョークからはじまった音楽的エフェクトが長く続けていくうちに音楽的にも感情的にも意味を持っていくみたいな。ほんと馬鹿なんだけどスタジオで練習しているときに誰かがやりはじめて。で、いざそれをステージに持ってくとみんな「イェー!」って盛り上がってくれて。

interview with Black Country, New Road すべては新曲、新生ブラック・カントリー・ニュー・ロード | ele-king

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『編集の提案』の「雑誌はつくるほうがいい」では、以下のように、雑誌を成功させるための演じることの重要性が説かれているけれど、なんかもう演技とかじゃなくて、演出とかじゃなくて、大真面目のまっすぐのやつをやってほしいし、それを真摯に受け止めていきたい気持ちがある。

成功した雑誌の編集者たちは、いったいなにが成功したのか。おそらく彼らは、観客である読者たちの眼のまえで、われわれはあなたたちよりもはるかに充実した生活をいとなんでいるのだという集団の演技を、あざやかに、真にせまってやってのけたことによって成功したのである。 p. 57

ひとつのコンテンツとして享受しているという点で、なるべくそうならないように避けているけれど、BC, NR もまっすぐ受け止めきれないという課題がある。そうなるとおれはおれの人生を、という話にならざるを得ないけど、それだけではやはり険しい道のりになりそうなので、原則主導権を握るようにしつつそれなりに遊びもあるみたいな調整の仕方を体得していきたい、というところに着地する。いや、やっぱり、(少なくとも僕には)身の回りにあるあらゆるものが1度きりで使い切るべきと要求される状況の中では、遊びとか悠長なことを言っている場合ではない気がするので、まずは手綱を握ることのみに注力していきたい。