雨音を聞きながら起床した。きょうは涼しくなるらしいと LINE があり、Twitter でも涼しさに言及するをちらほら見た。まだ 8 月なのに。夏が終わって涼しくなってくると寂しい。これは夏休みが終わる寂しさとリンクしていると思うんだけど、長い夏季休暇はもうなくて寂しさだけが残存している状況だと思う。寂しさにどのように対処しているのかいろんな人に聞いてみたい。楽しいことをすれば寂しくなくなるというわけでもない気がする。楽しさというのは過剰評価されていると思っててこれは引き続き考えたい。
愛用している自転車の前輪が劣化して空気が抜けるようになったので吉祥寺の直営店まで持っていった。紺色のシティバイクで、大学指定のステッカーが 5 枚貼られている。店員さんに「こちらのお店でご購入されたんですか?」と尋ねられたので、蛸薬師店ですと答えるとすこし嬉しそうな顔をされた。修理してもらってるあいだに元祖油堂で油そばを食べることにした。この店は、ただの水ではなくてレモンの輪切りの浸かった水とかルイボスティーとかをゴクゴク飲むことができて楽しい。あと、油そばのうえに粉チーズがかかっている。
油そばのことを考えているとマルゲリータを食べたくなったので、Google マップで印をつけていたピッツェリアに行くことにした。気が変わることもある。トマトとかチーズの水分でびしょびしょになったピザってまじでうまいよなと思い出したらそれのことしか考えられなくなってきた。ピッツェリア GG 吉祥寺で「マルゲリータ エクストラ」というなんらかの競走で一等賞を受賞したというピザを注文した。ピザとからあげっていつも受賞していてムカつく。権威主義的な食べ物だ。Twitter では角が立つから「おいしかった」と投稿したが、3000 円するわりにはそんなに濡れていなくて期待外れだった。もっとびしゃびしゃであれ。高いものを食べて値段相応の嬉しさがなかったときって自分の感想や気持ちを捻じ曲げることばかりな気がするけど、こういう認知的不協和の解消ばかりしていたら自分がなにを感じたのか分からなくなる気がする。

満腹になって散歩をしていたら雨が強くなってきたので無料で雨宿りができないかと思って井の頭恩賜公園へ向かった。駅構内で雨をしのぐのは人が多そうで嫌だった。園内の池にかかっている橋にテントが設置されていたので、そこでウエルベック『素粒子』の冒頭 50 ページを読み進めたところで雨が弱まった。

自転車屋から着信があったがまだ受け取りに行きたくなかった。献血の案内をしている人がいたのを思い出して献血をすることにした。彼女が暇になるとよく献血に行くと言っていたからだ。あとでこのことを話そうと思って献血ルームに向かった。俺は 16 歳の頃にいちどだけ献血をしたことがあって、そのときに血の気が引いて気を失い各所に迷惑をかけたことがある。以来採血が苦手なのだが、気にしなければ大丈夫だろうと楽観視していた。とはいえやはり苦手なものは苦手だったみたいで、エレベーターに乗ったあたりから緊張して帰りたくなっていて、献血の段取りを聞いている最中にはもう頭がボンヤリしかけていた。ここ数日で歯の治療をしたことがある者は献血ができないとアナウンスがあり、午前中に歯医者で検診を受けてきた旨を伝えると、医師との面談が設けられた。彼女から「検診を受けても出血をしているかもしれないからまた今度来てください」と追い出され、ホットして献血ルームを後にした。血を提供していないのに梅ジュースを無料で飲ませてくれた。俺ってマジで血とか無理なんだと思った。俺の体に血液が流れていたり臓器が格納されたりしていることを想像すると気持ちが悪くなる。光に当たっていない真っ暗な血や臓器のことを想像する。あと出産も怖い。さいきんは妊婦を見れなくなってきた。こういうのって歳を重ねたら治るものなのかな。

新品のタイヤで走りすくなった自転車を漕ぎながら歌ったりブツブツ喋りながら帰った。途中でスーパーにも寄った。長谷川あかりの鶏とズッキーニの煮込みを作って食べた。ズッキーニをすりおろす料理。ボスが好きだったヒューガルデンを飲みながら betcover!! のライブ映像を観た。涼しいからか気分が落ち込んできてなにかを買って時間が過ぎるのを待っているだけなのってあほらしいと思うけどこれってずっとそうなんですかね。明日はランニングとかしよう!







