御代田のふたりに会ってから

長野旅行 2 日目の夜は、御代田町に住んでいるふたりと一緒にそばを食べるため、軽井沢・プリンスショッピングプラザで落ち合うことになっていた。

御代田のふたりに会ってから

彼らがアウトレットで試着をしている間、歩き疲れた僕たちはラルフローレンの前のベンチで長いこと食べ物しりとりをしていた。軽井沢市は、京都市や長野市よりもずいぶん涼しくて、バギーズショーツに半袖シャツでは寒ささえ感じるほどだった。恋人も凍えていた。

すべての食べ物を言いつくしてしまって、軽井沢川柳(涼しいと思っていたのに寒い沢)を詠むことにしたころにケンくんとサクラちゃんが小走りでやってきて、合流した。予約している時間を過ぎそうになっているみたいだった。

東間で天ざるを食べる

ナスの天ぷらがじゅわっとしておいしかった

ケンくんの知人が営むそば屋に連れて行ってもらった。ケンくんと会うのは数年ぶりだったし、サクラちゃんと会うのは初めてだったので、お互いやや緊張していて、そばをズズズズとすすりながら、かなりぎこちない会話をした気がする。天ぷらのメインは何かという話になって、やれカボチャだのやれマイタケだのナスだのみたいなそういう感じ。

ふたりが注文してくれただし巻き卵とごぼうの天ぷらもおいしくて、特にごぼうの天ぷらは大きすぎてウケた。

サクラちゃんは天ざるを、ケンくんは豚汁そばを食べていた

たしかケンくんとは中学 3 年生のころから Twitter で知り合っていて、全然面識はないし特に共通の趣味もなかったのに、お互いずっとフォローし合っている関係にあった。突然 2020 年の秋ごろに京都へ遊びに来てくれて一緒にラーメンを食べた。説得力のあるまなざしをおくる人だなと印象に残っていて、この日も変わらず力強い目をしていてよかった。

食事を終えてから解散という流れになりそうだったところで、ふたりに誘ってもらってバーへ行くことになった。その日僕たちは長野市に宿をとっていて、軽井沢市から長野市まで電車で 1 時間程度かかるのでうーんどうしようかと恋人に尋ねると「行く!」と誘いに乗っていた。そのとき僕は正直サッと帰ってもいいなとも思っていたんだけれど、今振り返ると彼女のこの選択がかなり素晴らしかったような気がする。線路を切り替えるレバーをがちゃんと倒した音がする。

PUBLIC BAR 中軽井沢でワインをもらう

周年イベントでかわいらしいエチケットのワインを振る舞ってもらった

僕も恋人もバーでお酒を飲んだことがなかったので、かなり身構えて入店した。彼女もけっこうファイティング・ポーズをとっていたと思う。まだお店には誰もいなくて、人懐っこい笑顔をする店長に迎えられて、すっきりとして飲みやすいワインを一杯振る舞ってもらった。そのあとジントニックを飲んだ。いまだにジントニックのジンとトニックについてよく分かっていません。

「どこから来たの?」と尋ねられて「岐阜からです(厳密には京都から)」と答えたり、「ふたりとはどういう知り合いなの?」と尋ねられて「ケンくんと Twitter で知り合って……」と長々説明するルートに突入したりすることが多々あり、回を重ねるごとに対応の仕方が洗練されていった。

何か話そうとしてボトルを見ながら「どんな味なんですか?」って尋ねたりしているところだと思う

このあとケンくんから彼がワイナリーで働くことを決めたきっかけとなるワインを贈ってもらった。いいの!? ありがたくいただいて、5 年後とかに飲むか~と恋人と話した。僕らはあまりお酒を飲む習慣がないので、紛失しない限りきっちり 27 歳になってからボトルを開けられる。

ちらほらお客さんがやってきて、店内が盛り上がってきたところで、僕たちは長野市のビジネスホテルへ戻ることにした。ふたりが中軽井沢駅まで見送ってくれて、それぞれと握手をして解散した。

このときもうすでに僕も恋人も、翌日にまた同じ電車に乗って御代田町へふたりに会いに行こうと思っていただろうし、なんならふたりの住むアパートに泊まらせてもらう気満々だったと思う。2 泊で終わるはずだった長野旅行がもう 1 日だけ延長することになった。

みよたの広場でコーヒーを飲んだり薪割りをしたりする

サクラちゃんがコーヒーを淹れているところをじっと見ていた

翌日長野市の定食屋でおいしいから揚げとシュウマイ(特にシュウマイはこれまで食べた中でいちばんおいしかった)を食べて満腹で身動きがとれなくなったところで、御代田町へ向かうことにした。しなの鉄道の車内にいても、だんだん外が涼しくなっていくのがわかる。

御代田駅から歩いて 10 分くらいのところに「みよたの広場」があって、そこでサクラちゃんはコーヒーを淹れている。ぼくたちは何年も前からサクラちゃんがコーヒーを淹れているところを Instagram で見ていて、それが目の前で披露されていてそのうえそれを飲める状況にあることに興奮ぎみだった。

ホンジュラスとメキシコとあとひとつ忘れた

広場に遊びに来ていた子どもたちが「お金を払わなきゃ!」と皮でできたクマの財布を握りしめながらコーヒー牛乳を注文していたので、僕も紙幣を握りしめてコーヒーを頼んだ。サクラちゃんは「いいのに」と言いながらもう一杯コーヒーを淹れてくれて、僕たちは彼らからずっと純粋贈与を受け続けていた。そういえばそばもおごってもらっていたし!

先日オーストラリアへ旅行をした恋人からもらったビビッドなチョコレートをつまみながら、イスにもたれかかって、完全に健康なときに見る夢を見ている感じになっていた。御代田町にはカラッと乾いた風が吹き続けていて、それ以上もう何も求めることはなくて、ただただバンザイなどをしていた。

薪から斧が抜けなくて苦闘していた

何度も薪割りチャンスが訪れたので、へっぴり腰で薪を割っていた。ケンくんは一振りでパコーンと割ってしまうし、サクラちゃんも洗練された豪快なフォームで魅せていた一方で僕たちはけっこうままならなかった。僕の薪割りフォームはかなり変みたいで、ずっとウケてたのでそれはそれでよかったと思う。こちらとしては真剣だったんだけど、ずっとけらけら笑われていて、そういう意味では魅せていたとも言える。

最後までコツを掴めなかったけれど、それでも薪割りをするのが気持ちよくて長いこと斧を振り続けていた。晴れの日は薪割りをして、雨の日は本を読む暮らしを到達点にしたい。次の日手のひらがじんじん痛かった。

3 人でツルヤまで買い出しに行った

ケンくんが用事で抜けている間、歩いてすぐのところにあるスーパーマーケットまで夕飯の食材を買いに行った。ツルヤに行くのはこれが初めてでかなり楽しみだった。テーマパークくらい込み合っていて何も変えなかったらどうしようとか、レジってファストパスで通れるかなとか、もろもろ吐露していた。実際駐車場には車がぎっしり停まっていてレジも長蛇の列だったので、ファストパスなくて困った。あとイエローハットやセリアもあってかなり一生という感じでもあった。

3 人でスパイスの瓶を眺める時間と、ひき肉を 4 パック手に取るタイミングがあった。

ふたりの家で餃子を作って食べる

3 人で餃子を包んだ

ふたりの家に着いてからケンくんが帰宅するまでの間、3 人で餃子を包んだ。ちょっと前のエントリーにも書いたんだけど、何か手を動かす作業をしていると会話が弾むので嬉しい。それぞれの経緯とかいきさつについて喋った。

4 人では食べ切れない量の餃子を包んだんだけど、正直まだ餃子を包み足りなかった。次会うときも手作業できたら(お喋りすることができるので)うれしい。

夕飯の支度をしている間、ここ最近ずっと聴いていた KID FRESINO の 2018 年のアルバムを流していた。ai qing 。サクラちゃんもフレシノが好きみたいで、Arcades を口ずさんでいた。彼女が歌っていた「自分の価値 remember freedom が正解」の部分がいまでも耳に残ってる。その通りだと思う。

ケンくんが買ってきてくれた机にのった!

ケンくんが帰りにホームセンターに寄って 4 人の食卓用として机を買ってきてくれたので、そこに作った焼餃子と水餃子を載せた。ツルヤで買い出しをしたあとに、サクラちゃんがセリアで僕たちの分の皿と箸を買い足してくれたので、なんとか食器にありつけた。

机に餃子がぜんぶのるなんてこれ以上に楽しいことありますか? ← ほぼない。みんなで楽しく食べて楽しかった。満腹で動けなくなってそれぞれ部屋の端っことかをただ見つめる時間とかあった。

寝る準備をしてから大富豪する

みんなでトランプを買いにコンビニまで歩いた

トランプを買いに近所のファミリーマートまでみんなで歩いた。街灯が少ないおかげか星がよく見えたので、空を見つつずんずん進んだ。コンビニのトランプは風船とかシャボン玉が売っているところの近くにあるという話をした。星がよく見える高原があると紹介してもらって、今度はそこに行ってみようという話もあった。

お店につくとどこにもトランプが見当たらなくてしょんぼりしつつ、ダメもとで店員さんに聞いてみたら、この辺りにありますよと風船の隣の売り場を紹介してもらった。トランプあって最高! 帰り道に食べるためのアイスも買った。アイスもあって最高! 同じお店でトランプとアイスを同時に買えるのってとんでもないこと。

大富豪を知ったばかりのサクラちゃんの手札

各自シャワーを浴びて寝る準備ができたので、大富豪が始まった。サクラちゃんはこれまで大富豪で遊んだことがないみたいだったので、ローカルルールなしのチュートリアルみたいなゲームから始めて、徐々に規則を追加していった。序盤のゲームではルールというか上がり方にピンときてなかったみたいでつまんねーって顔していたけれど、すぐコツを掴んで勝ちまくっていてよかった。ケンくんは「これはかっこいい手札だな」と言いながら負け続けていてそれもよかった。

気がつくと 1 時を回っていた。来客用の歯ブラシ(そんなのあるの!?)をもらってみんなでガシガシ歯磨きをして就寝。サクラちゃんがよっぽど大富豪を気に入ったみたいでずっと「楽しかった~」ってにこにこしていて嬉しかった。またみんなでトランプしよう! ケンくんが実家から持ってきてくれた布団で寝た。部屋にたっぷりの風が入ってきて、たまに虫の鳴き声も聞こえて、入眠するのが早かった。

ココラデのベンチでパンを食べる

マルゲリータピザと牛乳パイを食べた

ガバリ起床。僕たちが起きたときにはもうケンくんは仕事に出かけていて、その送迎をしてサクラちゃんがリビングでラヴィット!を観ていたのでおはようと声をかけた。次の日仕事があるのに急遽泊まりに来るやつらかなり図々しすぎる。図々しいのでソファーにどかっと座って一緒に芸能人がぷよぷよみたいなゲームをしているところを見ていた。

朝ごはんを食べに近所のパン屋まで連れて行ってもらった。寝間着かつ髪の毛ぐしゃぐしゃの状態でパンを選んで、テラス席まで持っていった。コーヒーが無料で飲めたので、紙コップに汲んでそれも持っていった。

山々とケール畑を見ながら風に吹かれっぱなしで気持ちよすぎた

無料のコーヒーは完全に無料の味がしたが、喉が渇いていたのでもう一杯汲みに行った。でっかい山を見てでけーと言ったり、何かを栽培している畑に Google レンズをかざしてケール畑だと判明させたり(実際にそうなのか分からない)、あとは風が気持ちよかったのでずっとさいこーってつぶやいたりしていた。こんな場所は僕がこれまで住んだことのある岐阜市や京都市にはなくて、最近ぼんやり考えていた「いろんな場所に住みたい」という気持ちが高まっていった。

まほろばでハンバーグを食べる(肉汁なし)

イタリアンチーズハンバーグを食べた

ラヴィット!で肉汁のあふれるハンバーグの特集をしていたのが頭から離れなくて、3 人でハンバーグを食べに行った。肉汁は出なかったけれどおいしかったのでよかった。

あと数十分で解散するところだったので、それぞれなんとなくしんみりしていた。次会うのが数年後になるかもしれなくなることがあんまり信じられなくて、また来週とかにタコス作ったりしたいよねとかぽつぽつ話した。初めて会ったの昨日だったのにね。

食べ終わったころにケンくんから電話がかかってきて挨拶をしてくれた。彼はカラッとしていて気持ちがいい。サクラちゃんはずっとまた大富豪したいと繰り返していた。わかる。恋人は終始これまでに見たことのない強度のさみしそうな顔をしていて、帰りの電車でもずっとさみしそうだった。わかる 2。また会えるよ。

おわりに

御代田駅には「み よ た」と記載されていて分かりやすい

御代田駅までサクラちゃんに車で送ってもらって、僕たちは解散した。ここから名古屋駅あるいは京都駅まで電車に乗ることを考えて恋人とふたりでうんざりしていたけれど、その一方でこれまで得たことのないような満足感も同時に覚えていたと思う。

行きの電車で読んでいた奥野克己の『はじめての人類学』において、インゴルドにとって、生きていることは、予定調和的に物事が進むことなのではなく、偶然何かと出会い、「自分でも思いもしなった『ライン』を描いていくこと(p. 188)」であるのだと記されていた。「偶発的な人やモノの出合いを、それらに探りを入れながら受け止める(p. 190)」ということ。

軽井沢・プリンスショッピングプラザの駐車場にはオアシスみたいな部分がある

僕たちと同じ 22 歳で、いくつかのコントロール不能な問題を抱えつつも、真っ当にそれに向き合って生計を立てているふたりに会って、多くのことについて触発されるところがあった。恋人も同様にそうだったと思う。まだ先の見通しは立たなそうだけど、その立て方と漠然とした方向が定まりつつある。たとえば、期間限定で販売される商品を買うことではなくて、朝から外で焼きたてのパンを食べられるかどうかで季節を感じたいとか。自分たちが置かれた社会に対してげんなりすることって何度もあるけど、それからリズムよく脱出したり、あるいは別の仕方を考えたりその構築に関与したりもできるはずだし。想定しているよりオーロラを見に行くのって容易かもしれないし、個人的に抱えていたことが実は大きなスケールの話に直接結びつくかもしれないし。なんとかなることの射程ってもっと広く捉えられそうじゃない?

これが、御代田のふたりに会ってからのこと。

おまけ:長野市で食べたもの

恋人と長野市へ旅行をすることにしたのは数日前のことで、決まっていたことと言えば長野駅近くのビジネスホテルに 2 泊することくらいだった。

かつて僕のブログを読んでくれていた(今も読んでる?)長野出身の人に紹介してもらった場所を思い出したり、id:shukujitsu0836 さんのエントリーを読んだりして、なんとか旅程のアウトラインを決めた。ひとつ心残りがあるとすれば、食堂スワロウで定食を食べられなかったこと。今度長野市を訪問したときにはかならず食べたい!

味のぺんのしょうが焼き定食
平野珈琲のチーズケーキ
喫茶ブルーリボンのモーニングセット
バーバラのから揚げ定食とシュウマイ定食

旅行 2 日目の昼に食べた「バーバラ」という定食屋のから揚げとシュウマイは信じられないほどおいしかった。この長野旅行でひとつお店をおすすめするとしたらここです。特にシュウマイはオールタイムベスト入りしました。店主も気さくな方で、ご飯もおかわりさせてくれました。最高すぎる。

この定食をモリモリ食べて、御代田のふたりに会いに向かった。