春のにおい、寒さ

窓を開けっぱなしにして寝ていたせいで、起きてからしばらく鼻水がぐずぐずしていた。窓を閉めたら、波が引いた。それでも窓を開けて過ごしていたいという気持ちがある。春のにおいをかぎたい。春のにおいをかぐと、鼻詰まりを起こして春のにおいをかげなくなる。そもそも春のにおいなんてないかもしれないけれど、あるとしておいたほうが都合がいいこともありそうだし。

午前中にアルバイトを切り上げて、午後から恋人とデートをした。デートって楽しげな言葉。バイト中に「山を投げたい」と言ったら、クエスチョンマークが投げられた。数年前から行きたかった(けれど、木曜日休みにことごとく敗れてきた)更科で昼食をとった。冷やしたぬきダブルと名付けられたメニュー。やや乾いてがしがしした力強いそばに、甘い揚げとざくざくの天かす、それと刻みねぎがのっている。並んで座ってずずずとすすった。

メディアコスモスで彼女が調べものをして大学の課題を片付けているあいだ、『スプートニクの恋人』を読み進めていた。高校生のころ、近所の本屋の古本コーナーで買ったよれよれの文庫本。マスキングテープで補強してる情けない部分がある。読書メモを見返したら、2018年1月に一度読み終えていた。高校1年生の冬ってこと。高校に通っていたころは村上春樹の作品ばかり読んでいた。リズムが心地よかったし、ずっと似たような調子の物語だし(当時はどれも同じ作品のようにみえた)、なにより古本コーナーにいつでもあった。アクセスのよさに脚を置いて、生活の中の実践が組み立てられていく。ときにはアクセスのわるさにも目を向けたほうがいい。

図書館には、なにか調べものをしようとしていたり、勉強をしようとしていたりするひとが集まっているので、パブリックなスペースとはいえ道路や公園とは異なる意思のかたまりみたいなものを感じる。メディアコスモスは岐阜市の中でもとりわけ優れた施設だ。かっこいいし、スタバもある。あと案外みんなマスクをしていた。本を読むときや机に向かうときってなるべく呼吸を乱したくない気持ちがある。たっぷり吸って、たっぷり吐く。

小説の3分の2を読み終えたところで、彼女がすべきことを終えていた。閉館を知らせるBGMが聞こえてきたので、しわくちゃになったジャケットを羽織る彼女を眺めながら退館。外に出ると寒い。これは冬の寒さじゃなくて、春の寒さ。油断したころに来るやつ。彼女があごを震わせていたので、車を運転できるかどうか尋ねてみると、「あごだけだから大丈夫」と歯をカチカチしながら返してきた。春の寒さだねと言うと、冬の寒さだよって即答された。