ボルドーのラコステ2枚

金曜日の夜から恋人が下宿先まで遊びに来てくれていたので、彼女が食べたがっていたピーマンの肉詰めを振る舞ったり、雨の降らなった22時にのんびり散歩をしたり、日が暮れる前から韓国料理屋で夕食をとったりして、満点の週末を過ごした。散歩をしているとき「月がふたつある!」と言われたのでふたりでふたつ目の月を探した。風呂上がりに開口一番、髪を洗ったのにギシギシすると思ったらシャンプーと間違えてボディーソープを使ってたと朗らかに伝えられた。

今朝彼女が炊き込みご飯を食べたがっていて、それでは僕の作った炊き込みご飯を食べてから帰ってくださいということで、近所のスーパーへ出かけた。目的地まであと一歩のところで、ふたりしてそば屋から漂うあまいつゆの匂いに完全にやられ、空っぽのマイバッグ片手にそば屋へぬるりと滑り込んだ。冷たいそばをつるつるとすすり、おまけにパウンドケーキなんかをもらって結果オーライだった。今度遊びに来てくれたときに炊き込みご飯にします。

京都駅まで彼女を見送りがてら四条河原町まで歩いた。ラコステのポロシャツが欲しかったから。昨年の夏はずっとボルドーのL1212しか着ていたのだけれど、3XL相当のサイズ8をワンピースみたいにだぶだぶさせるのはさすがに飽きてしまったので、この夏は肩幅に合わせたジャストサイズを適切に身に付けてヘルシーに乗り越えようという魂胆です。直前彼女にポロシャツを新調しようと思っていて何色がいいかなと尋ねたところ、お前が好きなのを買えばいいと前置きしつついま着ているワインレッドはとても似合っていると告げられたのでそのまま調子に乗って同色を買うことに決めた。俺はもともとボルドーを買うつもりでいました。ということにしました。

汗を流しつつLACOSTE京都店に入店。目当てのポロシャツはあったものの手に取りにくかった(陳列されている商品に厚紙が挟まっていて横着できなかった)ので後ほど訪れますという歩き方で退店。数週間前インスタグラムでラコステのポロシャツの入荷をポストしていた古着屋があることを思い出したのでそこへ行ったら、ちょうど僕の欲しかったサイズ、カラーの型が売っていたので即買うことを決意。サイズ5のボルドーラコステ。こういうことってあるんですね。試着室とかで吟味する様子を醸し出したけど、手に取った瞬間に買うことは決まっていた。お店の人が言うにはフレラコらしい。ギークになってくるとタグや洗濯表示とかで年代や生産国などを判別できるのだろうと思いながら、新品で買うよりも安いの一点張りでカードを切った。

先日ツイッタースペースで初めて話した方にスターバックスのスコーンが美味しくておすすめだと教えてもらったので、帰りにスターバックスに寄ってチョコチップの入ったスコーンをテイクアウトした。帰宅後ゼミの課題を片付けながら食べた。ボリューミーで美味しかったのでまた食べたい。

ということでいま僕はボルドーラコステをサイズ違いで持っている。1年前に新品で買ったサイズ8のやつと、今日古着屋で買ったサイズ5のやつ。古着屋では気が付かなかったのだけれど、さっき背中に油性ペンで殴り書きした跡があるのを見つけた。新品のポロシャツに落書きしてあることはなかなかないので、古着ならではのハプニング感があってどっちかというと好き。目を凝らさないと分からないし、楽しげでいい。

恋人がなんか頑張っていそうなときにコンビニとかで使えるLINEギフトを贈ることがある。大体チョコレートとかアイスクリームの引換券みたいなやつで、贈られた側がわざわざ自分で交換しに行く必要があるので、贈る側である僕の自己満足でしかないのだけれど、ぜひとも私の独りよがりに付き合ってくださいと思いながら贈っている。先日贈ったハーゲンダッツのギフト券を近所のコンビニで使った彼女は僕の冷蔵庫に抹茶味のハーゲンダッツを置いていった。

対面授業

数か月ぶりの大学の対面授業に朝から緊張していた。4月中旬の朝、岐阜県の大学2年の男子学生(19)は講義室に入った途端、周囲の楽しそうな声に呼吸が苦しくなった。翌日以降、通学できなくなった。

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対面授業では基本的に最前列に座るようにしている。それは待望の対面での講義を意欲的に聴きたいからでもあるし、周囲の楽しそうな様子を目にすると苦しくなるからでもある。模範っぽい学生として自分を位置づけることで対処すべき問題から目を背けているのかもしれない。先日読売新聞オンラインで公開されたこの記事を読んで涙が止まらなかった。偶然通学し続けることができているだけ。教室が学生で埋まる前に着席することに長けている。授業と課題に熱中できるほど他にすることがなかった。

これは無責任な言葉だし勝手に感情移入しているだけなんだけど、通学できなくなってしまった彼が少しでもキャンパスで授業を受けることができたら、僕は嬉しい。

対面授業後に先生へ質問をしに行くことがしばしばある。90分間の講義を通して考えたことや浮かび上がった疑問を直接尋ねることができるのは貴重な時間だし、なにより人と話すことができるのは楽しい(これもかなり貴重な経験)。昨年の秋学期に履修した講義を担当していた先生が好きになって、今期もその先生の講義を履修している。この講義ではほぼ毎週質問をしたり雑談をしたりしているのだけれど、先週サービスの受け手としての学生という立場を濫用しているのかもしれないと頭をよぎって身動きがとれなくなった。とはいえ僕はフットワークが軽いし明るい性格をしているのでのでかまわず毎週先生とお喋りをしているし楽しいからもうそれでいいのかもしれない。

1年生の春に履修していた映画の授業の先生にキャンパスでばったり会った。当時ZOOMでやり取りをしていた僕のことを先生は覚えていてくれて、「あぁ君はコロナ直撃世代ですもんね」と言った。そうです私はコロナ直撃世代です。気持ちよく外出できるようになってきたのに、なんだか就職のことを考えるノリになってきている。僕と同じ直撃世代の方はどうやって折り合いをつけているんですか。そもそも直撃世代なんてないのかもしれません。

ブログを開設した当初は自分の好きなモノを体験と絡めて語るウォッシュされたZINEみたいなことがしたかったのだけれど、続けていくうちにそんな無菌化したブログは書いていてつまらないし、読んでいても面白くないだろうと思って適当な雑記や日記にも手を出すようになった。正直自分のことを赤裸々につづればつづるほど楽しいエントリーになる。俺はお気持ち表明を心から歓迎する。

ブログで知り合った方とTwitterでやり取りをする機会があった。大学生だった当時のことを思い出すという言葉をもらった。大学生らしさに囚われている自意識や少しでも大人びた態度をとりたいという浅はかな気持ちはどうしたってにじみ出てしまうようです。まだ対面授業とかで足踏みしているフェイズから抜け出せておらず、当面のところ自意識とうまくやりとりをするほかなさそう。


石田光規教授は「(孤独を感じると回答した)若い人の割合が高いのは剥奪感が大きいからだ」と指摘する。若者はコロナ禍で勉強や恋愛などの自由を奪われたとの意識が強かったとされる。

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たしかに剥奪感が大きいからかもしれない。自由を奪われた意識も強いだろう。それはそうとして、いまの生活のことやこれからの生活とそれにかかわることに目を配って、楽しげにやりくりしていったほうが愉快になれるような感じがある。たとえば対面授業など。

知っている曲をでかい音で聴けた「森、道、市場 2022」

週末に愛知県蒲郡市で開催された野外イベント「森、道、市場 2022」へ行ったら、知っている曲の生演奏をでかい音で聴けたしとても楽しかった。

音楽のこと

スタンディングエリアでじっくり観たのは、Cody・Lee (李)、ROTH BART BARON、Helsinki Lambda Club、BBHF、ゆうらん船の5組。なぜなら知っている曲が多いからです。まだ僕は知っている・知らないミュージシャンの知らない楽曲を楽しむ技術が乏しい。今後段階を踏んで、聴こえてくるものをなんでも楽しめるような柔軟さを手に入れていきたい。

特によかったのは、ゆうらん船の演奏。カネコアヤノ・バンドセットでベースを担当している本村拓磨が別のバンドでもベースを弾いているという情報を目にしてそれがゆうらん船だった、みたいな馴れ初めで昨年『MY GENERATION』をひたすら聴いていたので知っている曲が多かったという事情はもちろん、なおかつ音がでかかくて良かった。とりわけベースの音がでかかった。前日の疲れもありベストな状態で頭や腰を揺らしたり足踏みすることができなかったのが悔やまれる。次回ゆうらん船を観に行くことになったら足腰を鍛えていきたい。

元気なときに観たCody・Lee (李)やHelsinki Lambda Clubはさらに元気が出たし楽しかった。他のミュージシャンと比べて観ている年齢層が若めな気がした。フェスだとミュージシャンごとに聴く層が違っていてそれを体感できるのも楽しい。これらのバンドにはオーディエンスが振り付けみたいな腕の動かし方をしていて奇妙だった。普段からライブに通うファンの中でリアクションの仕方が定められているのかもしれません。ROTH BART BARONは客席にマイクを向けてレスポンスを煽るパフォーマンスをしていたので微妙でした。BBHFは「流氷」のイントロででかいバスドラムが聴けてよかった。

でかい音で生演奏を聴く経験は初めてでそれができただけで本当に良かった。これまではiPhoneのスピーカーかイヤホンからしか音楽を聴いておらず、全身で音楽を浴びる感覚を知らないまま生活を繰り広げていたのでもったいないことをしていた。野外フェスに限らず生演奏を聴く機会を増やしたい。

食べたもののこと

「市場」を掲げているだけあって、ケータリングはもちろん食器やアクセサリーといった雑貨や本、似顔絵を描くサービスとか移動式サウナなんてものまでなんでもありのマーケットだったのでぶらぶら歩くだけでも楽しかった。リュックサックのキャパシティと体力の都合でモノを買うことはできなかった代わりに気になった食べ物・飲み物は食べ飲みまくった。まくりました。このイベントで提供される軽食はほとんどスパイシーだったので、香辛料を利かせない食べ物が逆張りになってて面白かった。食べたものの一部が写真で記録されていた。

影響亜細亜/台風飯店のルーローハン
亜鹿猪~珍×yohaku マッサマンカレー
SNEAKSのハンバーガーとDONGREE COFFEEROASTERSのノンアルコールモヒート
Watte chaiの素焼き捨て場

会った人のこと

モンゴル武者修行商会として出店していた id:makoto1410 さんに会ったり、蒲郡駅からイベント会場まで送迎したりしてもらった(本当にありがとうございました)。僕も羊の骨占いしてもらえばよかったし、ゲルの中に入るのもすっかり忘れていた。ゲルの内部気になっていたのに。 販売していたZINE『羊と自分が同じ直線上にいる』を購入したので読みます。

ブログで知り合った id:squaredjackets さんも同イベントに参加されていたので、少し時間をいただいてお喋りした。落ち合う際に位置情報と着用しているものを丁寧に説明してくださってなんて手際のよい方なんだと感動した。高校卒業する前からお互い存在を知っている状態だったので感慨深かった。インターネットがインターネットの枠にとどまらなくなるこの感覚はどれだけやっても慣れないが楽しい。

1日目の終わりにもうやることがなくて帰った方がいいのに帰りたくない感じになって海岸沿いの階段に腰かけていたら、若い男性に声をかけられた。「森、道、市場2022」をテーマに卒論を書こうとしている滋賀県の大学生とのことで、インタビュー調査をしているのだという。イベントに参加した動機やイベントに参加して感じたことなどについて聞かれたので一生懸命回答しました。あれでよかったでしょうか? 研究がいい感じに進むことを京都から祈っています。

予定ではYogee New Wavesの演奏を聴いてから帰るつもりだったが、昼過ぎには歩くだけで精いっぱい状態になっており体力の限界を感じたのとリハーサルの「to the moon」を聴けて満足になってしまったので帰路についた。ら、ちょうどゆうらん船の内村イタルさんとすれ違ったので躊躇しながら声をかけたら気さくに対応していただけた。「さっきの演奏とてもかっこよかったです」という旨を伝えることができたのでとても良かった。

あと、ゲスの極み乙女。の演奏の直前くらいでTIMOBAGELSのブルーベリークリームチーズベーグルサンドに食らいついていたら後ろにいたお姉さんに「どこで売っていましたか?」と尋ねられた。地図を用いて説明しました。

おわりに

先週の月曜日に突然思い立って急遽行くことにした「森、道、市場 2022」。とても楽しかったので行ってよかった。そもそも知っている・好きなミュージシャンの演奏を生で聴いたことがなかったのでライブを観ることができたのは貴重な経験だったし、開催の1週間前というかなりタイトな準備期間が考えられる中でで実行することを決めたのはこれまでの自分ではありえなかったことなので自身の衝動性の高まりを実感することもできた。

ひとつクリティカルな失敗として、ひとりで行ったことが挙げられる。確かに楽しいフェスだったけれども仲の良い人と行ったほうがもっと楽しくなるだろうという事実に目を背けられなかった。7日前に予定を決めたことのほかに現状の交友関係にも問題がありそうなので、それらを車輪としたときどちらも同水準で解決しつつ、行き当たりばったりじゃない強みのある前輪と幅広い交友関係で構築された後輪でサイクリングロードなどを軽やかに走っていきたい。なにをいっているんだ。会場には最高男女集団で溢れかえっていたから私のカメラロールも最高男女集団で溢れさせたいという衝動が湧いたが、そういうのはよくなさそうという理性がうまく機能した。適切な判断をしつつ躍動感のある動きをしていきたい。

2日間足らずの「森、道、市場 2022」への参加だったが、単なる音楽の野外フェスだけではないクロスオーバー性がもたらす豊かさやどんな人でも歓迎しようとするやわらかい雰囲気を掴むことができて、本イベントの魅力を知ることができた。もっと知りたいのでまた来年も参加したいし、「森、道、市場 2022」に限らずでかい音楽を生演奏で聴く機会を増やしていきたい。